親父殿
2009年1月15日 (木)
2008年8月18日 (月)
100m走
2007年10月 2日 (火)
亡父も嫌っていたな~
10月2日(火)
曇り一時晴れ
気分的な問題だが、10月になることを心待ちにしていた。
理由は・・・、「43歳になる」である。
亡父が数字の「42」、「4」、「9」などを嫌っていたこと覚えている。
そして、亡父は、「19」の日に倒れ、「24」の日に亡くなった。
亡母にも「今日は4の日だから気をつけなさい」なんて、よく言われた。
そんなことが意識しなくても頭のどこかにあったようだ。
数え年では厄年とは関係ないのだが・・・。
思い起こすと、去年の暮れに交通事故。
今年の春には入院。
散々だった・・・。
現在42歳。
あと少しで、この数字から抜け出せる。
2007年7月27日 (金)
親父の作品
7月27日(金)
晴れ時々曇り
亡くなる間際の作品は“隷書”のものばかりだったが、“楷書”の作品がやっと見つかった。
「楷書の龍涯」と呼ばれたほどの亡父だった。
さすがに、作品に貫禄があるように感じる。
早速、店に飾る。
何となく、亡父に見守られているようだ。
2007年7月24日 (火)
十七回忌
7月24日(火)
晴れ
久しぶりに気持ちが良い天気。
やっと晴れた。
午前中、御墓参りに行く。
親父の十七回忌。
早かったような・・・?
親父が死んでから、お袋の具合が悪くなり、祖母の面倒を見ながらお袋の面倒も同時に診た。
お袋が快復すると、祖母の入院。
祖母が亡くなり、ホッとしたら、お袋の病気。
そしてお袋も亡くなった・・・。
この16年、何をしていたのだろう・・・?
親父が、早く亡くならなければ・・・。
2007年5月 1日 (火)
とうとう・・・
2007年4月10日 (火)
商売以外で有名だった親父殿
4月10日(火)
晴れ一時雨
病院の待合室で隣に座った御婦人が、「若いのに、どこが悪いの?」と訊ねられた。
自分の病状の話から、雑談へ・・・。
「どちら」との問いに、「川寺で米屋やってます」と答えると、御婦人は亡父を知っているとのことで「小高さんの倅さんなの~」と驚かれていた。
何でも若い頃、亡父と陸上競技で一緒になったとのことだ。
しかし、親父殿は商売以外で有名だったのだな~・・・。
2007年2月13日 (火)
親父殿の誕生日
2月13日(火)
晴れ後曇り
亡くなった人の歳を数えるものではないと聞くが、どうしても、亡くなった人の誕生日が来るとが数えてしまうものだ。
今日は亡き親父殿の誕生日。
生きてりゃ76歳。
まだまだ生きていても不思議ではない年齢かもしれない。
先月亡くなった叔父と、あっちの世界で一杯やってるかな?
2007年1月31日 (水)
世間は狭い
1月31日(水)
晴れ
日中は春の陽気だ。少し気味が悪い。
病院に通いだしてから、何人かの患者さんと知り合いになった。
話しを聞くと皆さん70歳過ぎで、自分の亡父母と同じくらいの年齢だ。
実際、話していると、亡き両親と話しをしているような感覚だ。
そんな会話のなかで、自分の事を聞かれた。
米屋であること、両親は他界していること等、色々話した。
すると・・・、
「知ってるよ、あの先生の息子さんか~」
親父殿が書道教授だったことを知っている様子。
すると、皆さんもピントが合ったように・・・、
「あ~、あの先生~」
てな具合で皆さん知っていた。
世間は狭いと思うのと同時に、今更ながら書家としての親父殿の偉大さを感じた。
今年は、もう十七回忌だな~。
2006年12月15日 (金)
親父殿の作品
12月15日(金)
曇り
玄関にかけてある、親父殿の作品を掃除した。
ふと思い立ち、親父殿の作品を少しずつホームページに掲載することにした。
しかし、親父殿は作品を我が家に残さなかったな~。
アルバムにはたくさんの作品の写真はあるものの、実物が無い。
いったい今は、どこにあるのだろう?






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